2010年7月3日土曜日

引っ越しのお知らせ

ここのブログが微妙に使いづらい……ことと更新のあまりないことはあまり関係なく、単にさぼっていただけなのですが、心機一転、古巣に戻ることにしました。よろしくお願いします。

http://kimacolo.blog.shinobi.jp/

2010年6月7日月曜日

環境エキスポに行ってみた

いつもの見本市会場で環境エキスポというような催しが行われていたので行ってみました。夫が職場の大学でチケットを1枚もらったというもので、専門的な展示やカンファレンスばっかりなんじゃないかと思っていましたが、意外と普通の人にも楽しめるものでした。

私はもちろん入場券を購入。1万ペソでした。学生や子供は半額。


入ったところでは国内のさまざまな場所を紹介する写真展示。それを見たあと、最初のパビリオンに入る前に警察犬のデモンストレーションに捕まりました。警察犬と環境はたぶん関係ないですが、市民に対して活動をアピールするためか、人が集まる場所では軍や警察関連のデモンストレーションがよく行われます。そういえばたいてい、見本市会場の前には騎馬警官がいるのにこの日はいなかった。


整列して挨拶。軍人のようですが、これがコロンビアの警察官の制服です。


こんな技も見せてくれました。

写真はたくさんあるんですが、メインは警察犬ではないので省略。


中は普通の見本市。


わけわからなくとも、模型があるとつい見てしまう。これは農場における動物の排泄物の再利用モデル。


ある大学のリサイクル材料を使った画材の展示にいきなりアトム。


コロンビアの各県の展示には生きたカメやワニも。このワニは1メートルちょっとくらいの小さいものですが、通り過ぎる女性たちが次々に「可愛いー!」と言いながら見ていくのがおもしろい。


ボゴタは湿地帯の保全の大切さを訴えるような展示をしていました。鳥はもちろん模型です。ボゴタには各地に「ウメダル」という湿地を中心とした公園があります。

ボゴタ市の植物園も展示を行っていて、しばらく前に結局見られなかったオオオニバスの花が開花する瞬間のビデオが公開されていました。そのあたりをうろうろしていたら、係員のお兄さんが卓上カレンダーをくれました。


壁面展示でも、この茶色い部分はボール紙の筒(ラップの芯みたいな)でできているなど、リサイクルを主張。

土曜のこの日は最終日で、アテルシオペラードスといった国内有名バンドのコンサートが行われることになっていました。夫は招待者なのでただでコンサートに入れたはずですが、チケットの配布に間に合わず。どうせアテルシオペラードスは最後で時間も遅いし、それが目当てで来たのではないのでいいのですが。

農業や民芸品関連の人気エキスポに比べると人は少なかったですが、それでも子供連れも含めなかなか賑わっていて、環境に興味を持つ人が増えていることを感じました。見る方にすればこのくらい空いている方がありがたい。


展示とは全然関係ないんですが、この会場のそばにはこういう高層アパートが建っています。以前は殺風景な建物だなーと思っていましたが、最近新聞などでよく名前を見るル・コルビュジェという建築家について少し調べたら、彼の集合住宅にちょっと似ているかも。これはもちろんル・コルビュジェのものではありませんが年代的にはぴったりです。実際にはル・コルビュジェの建築物はボゴタにはないと思うのですが、彼が作成したボゴタの都市計画というものはあるそうです。

このあと、実際にこのアパートの敷地の中を歩く機会があったのですが、何棟もの建物が広い緑地を共有していて、住むには良さそうなところです。しかし52年に完成したらしく、さすがにエレベータなどは見るからに古い。乗りませんでしたが。

2010年5月4日火曜日

大統領候補アンタナス・モックス

コロンビアは5月末の大統領選挙を控えてキャンペーンの真っ最中です。私は最近こそ Twitter に書くために新聞をほぼ毎日読んでいますが、読んでいない時期の方がはるかに長いので政治の動向についてはよくわかりません。

そんな中、すごい勢いで支持率を高め、国内外から注目を集めているのが候補のひとりアンタナス・モックス。自分自身もよく知らないので英語 Wikipedia を読んでみました。なぜ英語かというと英語の方が読むのが楽だし、ざっと見たところ英語の方が詳しそうだったからです。

忙しい人のためにごく簡単にまとめるとこんな感じです。
元ボゴタ市長。現在はコロンビア緑の党から大統領選に出馬。副大統領候補は元メデジン市長のファハルド。もともとは国立大学の学長を勤めたこともある数学者。名前がラテン系っぽくないのはリトアニア系だから。

フルネームは Aurelijus Rutenis Antanas Mockus Šivickas だそうです。最初とか最後とか、読めない。

ボゴタ市長時代に市内の殺人件数を70%引き下げたり、下水道を95%の家庭に普及させたり(この辺の数字は Wikipedia から)とさまざまな改革を行い、そのあたりのことがドキュメンタリーになったようで、NHKでも放送されたようです。
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/100323.html

今も年に1回行われている「車を使わない日」もモックス時代にできたらしい。あと2両バスで専用レーンを走るトランスミレニオとか。

ただトランスミレニオは運営開始から10年経って、けっこう問題が出てきています。これはあとになってから考えなしに路線を増やしたせいかと思いますが、車両が少ないために待ち時間が増え、市民による抗議行動にまで発展しています。

あと、できた時から安普請だと思ってはいましたが、やはり利用者の多い駅(バスなのに駅がある。ボゴタとしては画期的)はできて数年後から、プラットフォームや階段にガタが来て危険な状態になっています。もちろん順次メンテナンスがされていますが穴があいてるところもある。また道路基盤が脆いのか路面がよくボコボコになるためその工事もよくやっていて、結果としてほとんど常にどこかの駅が工事中。

それはさておき、市長時代から一種のカリスマ性みたいなのがあったのは確か。私は99年からボゴタに住んでいますが、顔のわかる市長は彼だけ。

ただ、大統領選には以前も出馬して惨敗しています。なぜ今回、下手をすると現職ウリベの後継者を押し退けて当選するかもしれないというところまで上がってきたのかはよくわかりません。

新聞などでよく取り上げられているのは、インターネットを駆使した活動を行っていること。Facebook(http://www.facebook.com/a.mockus)にはたくさんの「ファン」がいるそうです。Facebook に入っていなくて画面の見方がよくわかりませんが(Facebook は夫の親戚のたまり場になっているので入りたくないんですよね……)、511,476 People Like This というのが一応支持者と考えられる人でしょうか。

市長時代は命を狙われる危険から常に防弾ベストを身に着けていました。大統領選ではポロシャツとかの軽装のようなので、それほど差し迫った危険を感じていないのでしょうか。コロンビアはリベラル系政治家の暗殺は日常茶飯事なので、とにかく無事に選挙戦を終えてほしいものです。

2010年4月21日水曜日

問診に費やす数十分

なんとか予約を取って婦人科の医師のところに行きました(電話がなかなかつながらなかった)。

医者に行った記録などは自分で管理する必要があるため、古い紙とか引っ張り出してバインダーにクリアファイルみたいなのを綴じて整理したんですが(しかし不完全)、それによると前回この医師に会ったのは2006年らしい。

待合室でしばらく待って、名前を呼ばれたのでそちらを見たとき、どうやら自分が先生の顔を覚えてなかったらしいことに気がつきました。うーん。あんな人だったかな?

向こうも同じだったらしく、「前に来たことあるよね? このオフィスに?」とか聞いてます。「はい」と返事はしたけど実は自信ない。

おまけに彼は、私が以前来たときの記録を持っていませんでした。実は本当に別人だったりして。でも名前とオフィスの場所は合っているのでたぶん合っているのでは。別人だったところで、婦人科のちゃんとした医師なら別に誰でもいいです。

「じゃあ最初から書類を作らないと」と、問診が始まりました。内容は医師の2本指によってコンピュータに記録されます。英語を話す人なので楽。

途中で「スペイン語と日本語って似てるよね。のどを使った発音がないところとか。アラビア語とかは難しいんだよ。アラビア語とヘブライ語は似てるんだよね」と、何の関係もない話が挟まったあたりで、この先生で間違いないことをほぼ確信しました。

ほんとにおしゃべりなんです。私がなぜか、この人がフィラ・ブラジレイロ(犬)の牝を飼ってることを知ってるくらいです。

「お母さんの名字は?」「それが母の名字なんですが」「なぜお父さんの名字を使わないの」「日本では結婚するときにどっちかの姓を選ぶんです」「ははぁ、で、きみはお母さんの名字を選んだんだね」

……違いますけど。っていうか、なぜこんな話をしてるんだろう……。

いや、でもこれは関係ない話を挟むことによって答えにくい質問(「ドラッグをやったことがあるか」とか)にもすんなり答えさせようとする心理学的戦略なのかも。先週のドラマ『The Mentalist』にもそういう場面があった。

そんなこんなでオフィスを出たのは40分後でした。

実はこの日は既に受けたがん検診の結果を受け取ってここに来る予定だったんですが、検診の結果は火曜と金曜にしか出してくれないことが判明。その日は月曜日でした。検診を受けた保険会社のビルから医師のオフィスまで20分歩きました。バス(トランスミレニオ)だと一駅なのでバスに乗っちゃうのはもったいない。

医師がまたいくつかの検査の指示を出したので、その予約を取るためにまた保険会社まで20分。しかも昼時でその場では予約取れなかった。

ここを読んだだけでは病院システムがわかりにくいと思うんですが、コロンビアの医者は病院には所属していません。国民健康保険みたいなのもありますが、民間の保険もいくつもあります。医者はいくつかの保険会社の患者を診ることが多いです。保険会社のビルに診察室を持っている医者もいますが、今回の人は別の病院にオフィスを持っていて、患者はそこに行きます。

保険会社というのはこの国では社会厚生施設の一端を担っていることが多く、場合によってはスーパーのチェーンや学校を持ち、住宅ローンを貸してくれたりすることもあります。

私が入っている保険のビルにはエクササイズ施設なんかがあり、簡単な検査や手術も行えるようです。

だから検査の予約をする場所と医者のいる場所を往復する必要が生じるわけです。

あー、よく歩いた。丈夫でないと医者がよいができないというのは本当ですね。でも今回はなぜか診察料がかからなかったので使ったお金は交通費だけでした(家から保険会社までのバス)。

2010年4月19日月曜日

雨季の生活

コロンビアには季節が2つあります。乾季と雨季。元は3カ月おきに交代するものだったようで、例えば長期休暇のある12月あたりは乾季で休暇に適していたのですが、最近は崩れてきて、去年の12月も強い雨が毎日降る雨季のような時期がありました。

こういう季節なのはコロンビアがほとんど赤道直下にあるからです(ボゴタは北緯4度にあり、一応北半球)。

しかしボゴタは標高2600mにあるので常夏とはほど遠い気候です。

コロンビアには四季がないので雨季を「冬」と呼びますが、ボゴタの雨季は本当に寒くなります。もちろん日本などの冬ほどは寒くないにしても大半の家には暖房などないし、家によっては今も水シャワーなのでけっこう過酷なのです。うちは幸いお湯は出ますが。

熱帯の雨季なので朝晴れて午後降るのが基本。かなり強い雨が降ったりするので出かける用事はなるべく午前中に済ませるのが賢いですが、仕事やなんかだとそうも言っていられません。

ボゴタの道路は水はけが悪い。水はけが悪くて水がたまっていると余計に路面が傷んでますます水はけが悪くなるという悪循環。幹線道路でも平気で川のようになります。

最近の新聞で読んだんですが、場所によっては道が大きく陥没しています。これはある大学教授によると、大型の街路樹(もともとそこに生えていたものではない)木が地下の水を大量に吸い取り、地盤がもろくなったためだそう。

新聞はこの状態を「トボガン」(ソリの一種)と呼び、「場所によっては命の危険もある」と書きながら「市内の危険な場所TOP10(本当にTOP10と書いてある)」などというリストアップをしていたりして、なんというか、ノリノリである。

市内ではやはり貧しい地区に水害が出ています(ただし上記トボガンは裕福な地区の方が多い。街路樹が多いせいか)。さらに、国内の低い場所では山から水が流れてくるわけなので、当然これから水害も増えます。

降らなければ降らないで水不足、降れば降ったで水害。やはり自然とうまく付きあっていくのは難しい。

2010年4月13日火曜日

医者の薬も信用できない

この前もらった虫下しの薬には3種類ありました。2日間飲む錠剤、すぐ飲んで、20日後にもう一度飲む液体。20日間飲むカプセルです。

どういう薬かわからないままとりあえず飲み続けましたが、10日くらいでお腹の調子が崩れてきたので、薬のせいではないかもしれないけど調べてみることに。強すぎる薬かもしれないですしね。オメプラゾールという薬です。

調べてみたら、これは胃かいようの薬でした。

……なぜこんな薬を飲まされてるんだろう……。

胃かいようの病歴もなければその診断も出てないし、そもそも問診と簡単な触診があっただけなんですよ。

これは「強力に胃酸の分泌をおさえます。難治性の潰瘍にも優れた効果を発揮します。」だそうです(参考元:http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se23/se2329022.html)。

強力なんだ……。ただし用法は今回、1日1回20mgで合っています。

このページじゃなかったかな、「勝手に飲むのをやめてはいけません」と書いてあったんですが、そもそもこの薬を出された意味がわからないし、もう10日も飲んだのでとりあえず中止。

あとの2種類は間違いなく虫下しでしたが、液体の方がまたよくわからない。

回虫系の普通の寄生虫の虫下しです。錠剤の方はランブル鞭毛虫の薬でした。犬を飼ってる人には聞き覚えのある虫かも。うちの犬も数年前にこれを持ってることが発覚し、治療がいろいろ大変でした。輸血までされたり。

液体の虫下しですが、日本では液体ではないらしく、用量がはっきりしません。パモ酸ピランテルという薬で、体重1kgあたり10mgと書いてあるので私なら550とか600とかそのあたりだと思いますが、この液体は250mgです。まあ、多くなければOKか。

ただ、飲んだ瞬間にヤバい感じがしたのはこれで、液体らしく味は飲みやすいんですが、飲んだあとに口の中が痺れます。胃カメラを飲む前にのどを麻痺させる薬をもらいますが、あんな感じ。何が入っているのか。

20日後にもう一度というのは卵がいた時のためではないかと思います。

今回はとりあえず、保険会社の建物の中で買えて安かったので助かりました。

場合によっては保険会社が扱っていない薬が処方されることもあります。そういう時は町の薬局で買わないといけないし、もちろん保険もききません。

薬局はそこらにたくさんありますが、マイナーな薬は店によっては扱っていません。そもそも保険会社で買えないということはマイナーな確率も高いわけです。

一度、家の近くまで帰って薬が買えなかったら困ると思い、大通りのカレラ15(通りは広くないけど店はたくさんある)のチェーン店である薬を買ったらかなり高いものでした。

あとで追加が必要になったのでダメもとで近所の薬局に行ってその箱を見せ、この薬が欲しいと言ったらそこの店員が箱の値札に目を留めて、「これはジェネリックなのにこの値段は高すぎる」と言われました。実際、その近所の店だともっと安かった。ちっ。

その近所の店は小さい割にいろいろな薬を置いているし、取り寄せもしてくれるので(どこかよその店から取り寄せる。2~3時間で来ます)、今度からそこか Locatel で買おうと心に決めました(保険会社は別として)。

ロカテルは医療系スーパーみたいな店で、ちょっとホームセンターみたいなわくわく感があります。日本だとおそらく一般消費者向けの店には売っていない、チューブとか注射器なんかががさがさっと売ってたりして。

注射器は安いので常備しておくと便利。怪しい用途ではなく、実際に注射液を処方されて自分で注射する羽目になることもあるし(素人の場合、薬局か、知り合いの看護師などにやってもらった方が安全です)、犬に液体の何かを飲ませる時に使えます。犬に液体を飲ませる時は針を外します。

参考までに、ボゴタで処方薬を探していて町の薬局で扱っていないと言われた時は、Marley 病院の薬局に行けばまず見つかります(ここになければたぶんどこにもないですが、さすがにそういうのは処方しないはず)。

2010年4月4日日曜日

病院クエストの始まり

今年も医者通いの季節がやって参りました。

毎年行かないといけないというわけではないんですが(検診はまめにした方がいいですけど)、無精なので体調が悪くなってやっと腰を上げる。

去年は一昨年の11月に軽いギックリ腰みたいになって病院に行き、その続きで一般医とかに診てもらいました。婦人科の持病があるし、がん検診とかで婦人科に行けと言われたのですが、その時点で腰のフィジカルセラピーなんかにかなり通っていて、婦人科の予約を取ろうとしたあたりで力尽きました。

今回はこの前のお腹の調子がどうも戻らないので医者に行き、ついでに婦人科に行こうという目論見です。

コロンビアでは民間の保険に入っている人が多いんですが、そうすると保険会社の施設で簡単な診察や検査はしてもらえます。まず一般医に診てもらわないと婦人科には行けません。

お腹の方はなぜか、医者に行っただけでかなり治ってきました。ありえない。

詳しい検査とかは婦人科が指示するはずなので、とりあえず虫下しを処方されました。この前虫下しをしたのはいつか聞かれ、だいたい6年前ですと言ったからです。

それは数年前、緊急で手術とかされた直前のことです。直接の原因は腸閉塞でした。

この辺の医療歴は自分で把握しておかないとならず、特に今回は初めての先生だったので、手術を受けたのは2004年ですと自信を持って言ったんですが、どうも2002年だったらしい。病室のテレビでワールドカップサッカーを見た記憶があります。4年だと思ってたんですよね。まあ、2年くらいは誤差で。

虫下しの薬はネットで検索していないんですが、20日間飲み続ける薬なんかがあります。ずっと前、造血剤を処方されてしばらく飲んでいたら腸をやられて強烈に体調が悪くなったことがあるんですが、20日間無事に乗り切れるか。

あと今週は復活祭で医者の予約を取っていないので、来週忘れずに取らなくては。

2010年3月26日金曜日

肉屋の買い物は難しい

鶏肉とそれ以外の肉は別の店で売っていることが多いんですが、だいたいどちらも買いに行く店は決まっています。日本でも鶏肉とそれ以外は別の店ですよね(関西だけ?)。

しかし牛・豚の店はけっこう難しい。

まず、部位の名前がよくわからないということがあります。部位の名前自体はわりと知ってるんだけど、それぞれがどこに当たるのかわからない。スーパーのパック肉には部位が書いてありますが、それがそのまま肉屋で通用するとは限りません。だいたい「柔らかい肉ください」とか言って買ってます。ほかのお客さんを見ていると、やっぱりそんな感じで「アサード(焼肉)用」とか言う人もいるし、「カデラ(腰)」とか、ちゃんと部位を言う人もいます。

近所の肉屋の場合、さらに行くタイミングが難しい。よく閉まってるんです。午後とか。2時、3時台は閉まっていることがよくある。開いていても、「豚肉あります?」とか聞くと「あー、もっと遅くないとないよ」などと言われて5時頃出直したり。

最近、この店は新しい従業員を入れるようになりました。「大丈夫かな」って感じの若い男の子。

それでも最初の頃はいつもの店員(2人いる)が一緒にいたんですが、数日前に行ったらメインも違う人に変わってる。

肉屋は対面販売で、店員に肉を選んでもらうことになります。つまり店員への信頼感も込みでその店を選んでるわけだから、人が替わっちゃうと困るんですよね。

と思うのは私だけではなかったらしく、ひとりのおばあさんが「ドン・ホルヘはいないの」などと聞いていました。肉屋もドン・ホルヘなのか。隣の八百屋もドン・ホルヘなのに。2人のうちどっちがホルヘなのかしら。

そしてそのドン・ホルヘは休んでいたらしい。休憩なのか休日なのかはわかりません。

そういえばこの店、間口一間みたいな小さい店なのにわりと儲かっているらしく、いつものガラスケースの上に新たな冷蔵ケースを入れていました。

肉屋って切る前の大きなかたまりが鉤に引っかけて吊り下げられていることがよくありますが、その引っかけたものまで冷蔵になっているのです。確かにその方が安心ではある。

従業員を入れたのも事業拡張の前段階かも。

私がわりと気に入ってよく行く店は、徐々に設備投資されたり、店が拡張されたりすることが多いです。ということはほかの人も気に入っているということ。やはり消費者はよく見ていますね。

2010年3月19日金曜日

体調不良

お腹の調子が治らないのはやっぱりコーヒーフィルターが清潔ではないからではないかという気がしてきました。コーヒーメーカーが買えるまで上澄みを飲もう(トルコ式)。夫は大丈夫みたいなんですけど。

犬の1匹もずっと調子悪いんですが、犬はコーヒー飲まないので何が原因かわかりません。たしかにたまに拾い食いはするけどそれでずっと調子悪いとは考えにくい。年なのでシニア用フードにした方がいいのか、あるいはフードのメーカーを替えた方がいいんじゃないかと考えています。

自分については、どうも胃下垂があるような気がするんですが、それを一般医に言ったら「そんな病気は存在しない」と言い切られました。そ、そうなんでしょうか?

2010年3月10日水曜日

薬の注意書きはよく読んで

先週は「ボゴタ史に残るバスのストライキ」であったようです。月曜に始まってすぐ終わるかと思ったスト、しかし火曜になっても水曜になっても終わらず、ストとは関係ない市営の2両バス「トランスミレニオ」は満員で通勤に数時間かかる人は出るわ、バス代わりに勝手に走っているトラックに満載されて通勤する人はいるわ、果ては曜日ごとのマイカーナンバー制限(末尾の数字によって市内を走れない日がある)は一時解除、学校は休校、場所によっては抗議行動に便乗した暴動が発生して市街戦のごとき有様、という状態になりつつ、木曜になんとか終結しました。

ということとは関係なく、私はお腹を壊していました。よくあることなんですがなかなか下痢が止まらないのでついに薬局に薬を買いに行きました。

実は下痢止めをコロンビアで買うのは初めて。たいていは1日くらいで治るのです。あと、日本から母が送ってくれた薬を飲んだりなんかしていました。

市販薬はあまり飲みたくない、というのは、ここいらで売られている薬は日本の市販薬と違い、本来は処方薬であるはずのものがけっこう混じっていて、かなり強いんです。医者に行かずに薬だけ買おうというのが無精なんですが、医者は予約とかで時間もかかるし。アレルギー性鼻炎持ちなので、一度ひどい時に近所で抗ヒスタミン剤を買ったら強すぎてフラフラになり、犬の散歩中に引っ張られて転んだこともあります。

いつもの薬局で、しかし知らない若い兄ちゃんに薬を売ってもらいました。箱なしの錠剤6個で3500ペソ(約167円)。ジェネリックだな。

箱はないんですがパッケージ(何というのか、錠剤やカプセルが入っているパチパチする入れもの)はあり、名前と容量が書かれています。

帰ったらまず、商品名で検索。とりあえず下痢止めであることは間違いなさそうなので飲んでみました。この時はインターネットが夫のパソコンにつながっていたので、あんまり詳しいことは調べられなかったのです。

商品名では日本語サイトはヒットしなかったので、数時間後に薬品名 Loperamida で検索してみました。そうしたら恐ろしいことが。

青年海外協力隊経験者らしい方の「下痢は気合いで治しましょう」というページがヒットしたのですが(http://www.geocities.jp/j_diario/risk/diarrea.htm)、そこには……

・日本では1回1カプセル(1mg)を1日に2回が標準的な用法・用量です。しかし、ニカラグアでは1回1錠(2mg)を1日に2回と日本の2倍の用量になっています。

・医薬品の知識が曖昧な店員もいるので必ず医薬品の箱などに記載してある用法・用量を確認しましょう。

などと書かれていました。後者についてはもう何度も経験済みで、基本、処方薬にはたとえ箱があったとしても詳しい用量は書かれていません。薬局の店員だよりです。だからこそネットで調べるのです。

問題は日本の用量です。急いでパッケージを確認したらやはり 2mg。近所の店員はこれを「8時間ごとに飲め」と言ったんですが……。まともに飲んだら3倍ですよ。また、上記サイトに「下痢が改善したらすぐに服用を中止してください。ロペラミドは“錠剤が残っているから全部のんでしまおう”と考えると便秘に苦しむことになります。」とあったので、とりあえず1錠飲んだ時点で様子見。

たしかに下痢は止まりました。でもなんかお腹が張っている感じが。これが「便秘に苦しむ」症状か?

数日後にやっと薬が切れたようで、またちょっとお腹を下したので「やっぱり医者に行くべきか」と思っていたら、なんか治りました。医者に行ったら「婦人科の検査受けた?」と聞かれそうでイヤだったんですよね~。婦人科は去年の5月に予約を取るふりだけして行ってないからです。今年は行こう。

そんなこんなで、薬局の薬は要注意。飲む前にネットで調べた方がいいでしょう。

2010年3月2日火曜日

FlashForward

海外ドラマの記事にはやっぱり別ブログを作ろうかなと思ったりもしましたが、とりあえず同居させてみます。

新番組『FlashForward』、『LOST』の次の時間なのでつい見ましたが、けっこうおもしろい。SFだー!と思ったら、原作がソウヤーだったんですね。『ゴールデンフリース』しか読んでないや……。

Wikipediaによるとドラマと小説はストーリーがかなり違うらしいんですが、ドラマの方は初回からけっこうスピード感ある展開、2話目に視聴者を繋げるようにうまく作ってある脚本だと思いました。

ドラマのストーリーは、世界中の人が一斉に同じ時刻に意識不明になる。意識不明だった2分少々の間に、彼らのほとんどは半年先の未来の出来事と思われるヴィジョンを見ていた。

この半年先のヴィジョンが本当なのか、本当であってほしい人やほしくない人のドラマが描かれると思われます。主人公はFBI捜査官なので事件捜査に役立てたり。

しかしこの「半年先」というのが、とりあえず1シーズンしかなくてもストーリーは完結できるようになっていてうまい。

いかにせん、ドラマは水物。いつ打ち切りになるかわからないので、打ち切られたら原作を読もう。

日本でも今年放映されるとか。

2010年2月20日土曜日

思い出のコパ・アメリカ

3月にメデジンで南アメリカ競技大会という南米各国が参加する大きなスポーツ大会があるのですが、国際的なスポーツ大会と言って思い出すのが9年前のサッカー、コパ・アメリカのこと。その時メルマガに書いたものを再掲します。南米って侮れないなとこのとき実感しました。

以下、再掲記事。

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 ラテンアメリカで行われる大きなサッカーの国際大会の一つにコパ・アメリカ(あえて訳すなら「アメリカ杯」とでもなりますか)というものがあります。私はこちらに来るまでそんな大会の存在さえ知らなかったんですが、1999年にはパラグアイで開催され、そのときに、「次の2001年大会はコロンビアでやるんだよ」と、夫の甥っ子に教えてもらいました。そのせいかどうなのか、市の繁華街や大きな道路の改良工事も数か月前までには大体終わり、市内に新型バスまで走り始めました。夫は、そういう工事はコパ・アメリカとは無関係だと言っていたんですが、麻薬や誘拐やテロで有名なコロンビアがここでがんばってイメージを回復したいと思っていないとは言い切れない気がします。6月に入ってからは、スタジアムで警官たちが行う暴動対策訓練の映像も見かけました。客席の屋根からいっせいにロープで降りてきたり、特に問題のある客を客席から連れ出すためのロープシステム(何と言うのかわかりませんが、ロープにフックを引っかけて滑らせる、ビルからの人の救出なんかに使われる、あれです)などがあって、力の入り具合がうかがわれます。開催はいよいよ7月の11日。

 仕事から帰ってきた夫が「コパ・アメリカ、中止になったらしいよ」と言ったのは6月28日のことでした。いかにラテンアメリカとはいえ(偏見)、あと2週間というところでこんな大きな国際大会が中止になるなんてことがあるだろうか、と半信半疑だったんですが、新聞を買ってみたら、確かにそう書かれていました。

 どうも、直接の原因は、コロンビアのサッカー連盟の役員がFARCという大きなゲリラ組織の一つ(もう一つはELN)に誘拐されたため、治安が問題視されたということのようです。コロンビアの治安がよくないことなんか、何年も前、ここを開催国に選ぶときからわかっていたはずなのに……。誘拐された役員氏は既に解放されたものの、新聞によれば、コロンビアでの開催は中止、別の国で開催するということで、ブエノスアイレスなどが候補地に上がっているようでした。

 もう少し詳しいことがわかるかと、午後7時のテレビのニュースを見てみました。そしたらなんと、「コパ・アメリカはコロンビアに戻ってくるかもしれません」とアナウンサーが言っているではないですか。アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで南米サッカー連盟の役員会議が行われ、30日の土曜日に、どこで開催するかを最終決定することになったようなのです。ここで、誘拐されていた役員氏がテレビに出ていましたが、どこかよくわからない屋外でインタビューされながら、疲れ切った感じで、「FARCは非常に規律がとれていて、待遇も非常によかった」とゲリラを誉めていました。本人は「家族には身代金を払うほどの金はなかった」と言っていたようで、なぜ解放されることになったのか、私にはよくわかりません。

 そして30日、出先でたまたま昼のニュースを見たら、「コパ・アメリカはコロンビアで開催されることになりました」とアナウンサーが伝えていました。ブエノスアイレスはコロンビアよりも時間が2時間早いので、コロンビアでは午前中のうちに結論が出てしまったようです。前評判では連盟の10か国のうち7か国がコロンビア開催を支持しているということだったので、それほど意外とは思いませんでした。コロンビア開催に強硬に反対したのは、アルゼンチンやブラジルなどの、国も大きいしサッカーも強そうな面々だったようなのですが、連盟の議長がコロンビア開催を推したらしいです。

 が、その日の夜、例によって7時のニュースをちゃんと見たら、コロンビアで開催することはするが、それは2002年の1月、ということになってしまっていました。あと半年で治安が改善されることを期待したのでしょうか。あまり変わりがないような気が……。

 でも開幕予定日までもう10日あまりしかないという状態なので、その日のテレビのCMでもコパ・アメリカ関連のものはまだ残っているし、スーパーに行けば「コパ・アメリカチケット当選者」の一覧は張り出されているし、ディスカウントショップでもなぜかブラック&デッカー社製の電動ドリルにサッカーボールがおまけでついているし(ブラック&デッカーのロゴ入り)、私たちはこの週末に引っ越してそのついでに古かったテレビを買い換えたんですが、テレビにまでサッカーボールのおまけがついていました(テレビ自体はどうもコパ・アメリカを狙ってフェアをやっていたようですが、ボールにはなぜかオリンピックのマークが)。テレビを運んでくれた若い店員はテレビよりもサッカーボールに気を取られていて、彼が目を離した隙に私たちがボールをテレビの箱にしまってしまったら(テレビの動作チェックをしたので箱が開いていたのです。でもボールを隠そうと思ったわけではありません)、「ボールどこ行きました?」と焦っていました。彼もコパ・アメリカを楽しみにしていたんだろうなと思うとなんだか気の毒にさえ思えてきました。だって、半年先にちゃんとコロンビアで開催される保証はどこにもないわけですから。

 引っ越しの途中で体調を崩したこともあり、新しい住まいの片づけなどでばたばたしていて、次にニュースを見たのは7月6日の金曜日でした。寝起きのぼんやりした頭でテレビを見ていたら、国内民放の一つが「コパ・アメリカはRCNで!」というCMを流していて、「まだそんなことを言ってるのか」と思っていたら、続く朝のニュースでアナウンサーが「11日にはコパ・アメリカが開幕します」。「はあ?」。一瞬、本気で、これまでの騒ぎは夢だったのかと思ってしまいました。というわけで、この間の詳しいいきさつは全然知らないのです。

 でも実際に11日になるまでは信用できないと思っていたんですが、11日には本当にコパ・アメリカが始まりました。当日のニュースで、開幕試合が行われるバランキージャでは「(本来は2月の)カーニバルが7月に行われています」と言われていて、それは言葉のあやだと思っていたら、実際にカーニバルでやるようなパレードが行われたようです。そういえば、開会式のだしものもカーニバルっぽかった。それにしても、途中であれだけ揉めたのに、マスコミ始め、みんなが素直にお祝い気分なのはすごいことのような気がします。開会式には女性人気歌手のシャキーラが出る予定だったようなのですが、彼女は結局来ませんでした。ひょっとするとこれで国内の人気を落としたかもしれませんが、普通の状態ならともかく、これだけすったもんだしたあとなので、責められない感じがします。

 他にも予定通りにいかなかったことはいくつかあり、出場予定国のアルゼンチンとカナダはキャンセルになって、代わりにホンジュラスとコスタリカが入りました。カナダはラテンアメリカではないので招待だったと思うんですが、これはもう付き合いきれないと思ったのかもしれません。前回、パラグアイ大会には日本チームが招待されていたのにコロンビアのときに招待されなかったのは、実は治安に不安があるからでは、と勝手に勘ぐっていたのですが、どっちみち今回の状態ではキャンセルになっていたのではないでしょうか。

 バランキージャ、カリ、メデジンの3都市に分かれて予選リーグを行ったあと、大会はペレイラ、アルメニア(という町があるのです)、マニサレスで分散して行われるトーナメントを経て、最後に3位決定戦と決勝戦のためにボゴタにやって来ます。というか、少なくともその予定。コロンビアに住んでいると、何事も、実行されるまでの予定は未定であるということを何度も思い知らされるのですが、まさかこんなに国際的な場面でそんなことが起きるとは思っていませんでした。まだまだ甘かったです。

 コロンビアチームは初日にベネズエラと対戦し、そこを勝利で飾ることができましたが、はたしてボゴタまでやって来ることはできるでしょうか。というよりも、大会自体はこのまま何事もなく無事に終了するのでしょうか。本題とは違うところでドキドキです。この大会、日本ではWOWOWで中継されているそうです。

2010年2月19日金曜日

テンホの遺跡

後日、犬連れでテンホに出発。今回の目的は遺跡を見ることではなく、犬に山歩きをさせることです。遺跡はついで。遊歩道の途中に遺跡があるなら見てもいい、という程度。

最初は夫だけが犬と歩いて私は車で待っていてもいいと思ったのですが、暇すぎて退屈しそうなので一緒に行くことにしました。

市場のすぐ奥に、山に登る道があります。

しかしすごい急坂。遊歩道に入る前に、私は既に息切れしていました。日頃の運動不足ももちろんあると思いますが、そもそも標高が高いので慣れない人がいきなり歩くのは危険です。遊歩道に沿って山道を歩いていくと3000m近くなります。

遊歩道は石畳がきちんと整備されていて、どこを歩けばいいかわかるようになっています。最初の部分は傾斜がきついためか階段になっていました。



日本の神社の石段って……こんなんだったかなぁ……はぁはぁ。みたいな感じです。

遊歩道の始点には地図があり、途中にはなんらかのサービスに使うらしい建物がありました。しかし建物は今はまだ使われていないのか、閉まっています。



その周囲では子供たちが遊んでいました。地図に洞窟があると書かれていたこともあって、夫がひとりの女の子に尋ねてみました。

「この先に洞窟があるの?」

「あるよ」

「ここをたどっていくの?」

「うん」

「ここをずーっと行ったら洞窟って書いてある?」

「うーん……行けばわかるよ」

うるさがられたようです。夫は実はものすごい方向音痴で本人にもその自覚があるので、知らないところに行く時はあらゆる人に方向を聞きまくるのです。メデジンに行った時はメデジンから出る手前でほぼ1ブロックごとに人に聞き、なおかつ最後の曲がり角で間違えてまたメデジン市内に戻るところだったくらいです。私が何か言っても信用してもらえません。初めての場所では迷うのが普通である彼にとって、行ったことのない土地で行くべき方向を勘で知るというのはありえないことのようです(勘というか……これまでに走ってきた方向を考えればそこで逆に曲がることはさらにありえないと思うんだ……)。

その建物の先の道はまだちゃんと整備されていなくて未鋪裝でしたが、一本道で迷うことはありませんでした。

途中の農家からニワトリが迷い出ていたので、山に入ってから放していた犬たちをつなぎます。うちのメス犬には、農家のニワトリを狩った前科があるからです。

いったん下ってまた上がると、「こっちが洞窟」みたいな看板がありました。非常に狭い道です。

ちょっと行ったらすぐに洞窟がありました。見るべきところと言ってはこれだけ。でもそれだけにほかに人がおらず、ちょっと休憩するにはいいところです。昼食とか持ってきてもよさそう。火は使えない気がしますが(火をたくところはあるけれど)。



あとで聞くと、洞窟自体は昔からあるものだそうで、実際に先住民が使っていたのでしょう。スティーヴン・バクスターの小説 "Evolution"(これ自体はSFですが)の中の、ネアンデルタール人とクロマニヨン人が出会ったのはこういう場所かと想像されます。

その先には(少なくとも今は)何もなさそうだったので戻ることに。

ここまでは町から2キロもなく、道の途中から町がすぐ見える程度の場所なのですが、ひとけがないので一人歩きはお勧めできない気がします。治安が悪いとは思えませんが、もし何かあって動けなくなったら誰も助けてくれない可能性があります。携帯は通じるようですが。



戻る途中で、ひとりの男性がさっきの子供たちの何人かと数匹の犬を連れて歩いてくるのに出会いました。どうやらここの管理人らしい。さっき道を教えてくれた女の子は彼の娘で、彼は「小さいガイドなんですよ」と言っていました。

電話番号を聞かれたので(一応、何かを記録しているようだった)向こうの携帯番号も聞いて別れたのですが、彼が連れていた犬のうち、子犬が私たちの後ろをついてきてしまいました。



彼らの犬ではないようなので最初のうちはよかったんですが、もうすぐ町、というところまで降りてきても離れようとしません。私がちょっとかまったので、自分も私たちの群れの一員だと独り決めしてしまったのかも。

町の手前の農家の前に立ち話している人たちがいたので夫が助けを求めてみました。

「この犬の家がどこかわかりませんか?」

「さあねー」

「獣医さんの家の犬らしいんですけど(さっきの男性がそう言っていた)」

「ああ、それなら○○先生の家だわ。もうちょっと上の方の」

上なのかよ!

結局、通りかかった若い男の子が上に向かって犬を追い払ったのでその隙に私たちは町に降りました。大都市よりも何もかもがゆるいのでしょうが、自分の家というものをまだちゃんと認識していない犬を放し飼いにしないでほしいものです。

距離は短いですが傾斜はきつかったこの散歩、ラブラドールの方は疲れてしまって目の焦点が合わなくなっていました。もう若くないですから。

市場の中の食堂なら犬を繋いでおいてもいいということで、そこで昼食。もちろん卵も買いました。

広場横の駐車場に止まっているのはほとんどボゴタナンバー。でもわざわざここに来る人はまだ少ないようです。あんまりメジャーになってもちょっと寂しい。

民芸品の店は見ましたが、中を見ていないのでいずれちゃんと見てみたいです。また、この周辺は馬産も盛んで、乗馬学校やちょっと馬に乗れる施設、馬を売っている牧場などもあります。

2010年2月13日土曜日

遺跡の町テンホ

そもそもの発端は、夫が農場の卵を買いたがったことです。近所で買った卵は「小麦粉の味がする」らしい。安いのは事実です。最近は30個で6500ペソ。1個200ペソ(10円)ちょいですか。

ボゴタからちょっと出るとそこは農業地帯。そもそもコロンビアは農業国です。近郊の町に行けば農家の軒先なり養鶏場なりでもうちょっと新鮮な卵が買えるでしょう。

というわけで行ってみたのがテンホ。名前は知っていましたが、町の中をよく見たことはありません。ボゴタの西に出るとシベリアという各地への街道の分岐点があり、その少し先です。ボゴタの外とは言っても、南北に長いボゴタの南の方にある夫の勤務先と距離は変わりません。

町と町のあいだの街道筋には大型のレストランやアサデロ(主に焼肉を出す店)がいくつも並んでいます。郊外に車で出かけて肉を食べるのが、家族や親戚が集まる時の週末や休日の過ごし方なのです。

しかしテンホの町はボゴタから近いのでたまに人が来るのかな、と少し感じさせる程度の、普通の静かな町でした。教会に面した広場には1月も末なのにクリスマスのイルミネーションがまだ残っています。そこで犬が昼寝していたり。大きめの野良犬がたくさんいましたが、どれもおとなしそう。



コロンビアの町らしく、小さめのコロニアル風な家が建ち並んでいます。ショッピングセンターも可愛らしい。





この時は犬を連れていなかったので町の中のレストランにも気にせず入れます。しかし時間が少し遅かったためかショッピングセンターのレストランなどにはほとんど料理が残っておらず、ポジョ・アサード(鶏の丸焼き)の店に入りました。定食を出すレストランはたいてい昼食限定で午後遅くなると何もなくなるんですが、ポジョ・アサードの店にはいつも食べるものがあります。

丸焼きは食べずに、丸焼きの一部を定食風にしたバンデハ・コン・ポジョを食べました(バンデハとはスープ抜きの定食のこと)。おいしかったけど油っこかった。

その後、近くの八百屋で買い物をして卵がどこで買えるか聞いたら、市場がいいとのこと。

市場はわりとちゃんとした建物で、規模は大きくありませんが基本的な生鮮食料の店は一通り揃っていました。もちろん野菜や果物も売っていたんですが、その八百屋の人が「野菜も市場で買えるよ」などと言ったりしないのは当然です。ニンジンやグラナディージャなど、けっこうおまけもしてくれましたし。

卵は30個で1万ペソ。少々高め。大きさが不揃いなのが農場の卵っぽいです。家で食べたらたしかにおいしかったのでこの値段は仕方のないところでしょうか。

それで用は済んだんですが、広場に面した甘いものの店が気になったのでデザートを食べることに。

やや観光客値段なのか、少し高い感じもしました。だいたい一品3000ペソくらい。しかし店内に穀物発酵飲料であるマサトのつぼが下がっていたり、奥にはアルモハバナ(チーズパン)の工房があったりと、手作り感は満載です。



さらに、もっと高そうなレストランでコーヒーだけ飲みました。メニューを見たらほんとに高い。さっきのデザートの店と同じようなものも置いていましたが、それぞれが倍くらいの値段です。派手な何かがある町ではないので、ボゴタの高級層の隠れ家的なレストランなんでしょうか。



その店を出る時、町周辺の地図が貼られているのに気がつきました。夫は市場に行った時からその市場のすぐ向こうが山になっていることを気にしていて、犬を連れて歩く気まんまんだったのですぐ地図に見入りました。どうも整備された遊歩道になっているような。



見ていると、途中には先住民の遺跡のようなものがあるようです。なるほど、広場を見た最初から何か絵文字のようなものが書かれているのが気になっていたんですが、それは先住民であるムイスカのものだったんですね。



よく見ると町の電柱にもそれが書かれていて、この町のささやかな観光の目玉になっているようです。



というわけで、遺跡の話は次回。とはいえ、ものすっごくすごい遺跡があるというわけではないことはあらかじめお断りしておきます。

2010年2月12日金曜日

悪夢のコーヒーメーカー

先日のコーヒーメーカー壊れた事件の2週間後くらいだったか、夫が職場からコーヒーメーカーを持って帰ってきました。

同僚がいらないからとくれたものをオフィスで使っていたようです。夫は大学教員なのですが、一応自分の部屋があるのです(でも普通のパーティション程度の大きさ)。

前のよりも小型。本体は白いプラスチックで、コーヒーを受けるところに小ぶりのプラスチック製サーバーが。そして本体左側には金属の管が手前に向かって伸びています。

あれ……? よく知らないんですが、これってエスプレッソマシーンに付いている管では?

本体裏には本当に「Espresso Maker」と書いてありました。メーカーからしてシアーズのもののようです。そういえば何年か前にはボゴタにシアーズがあったような。今でもあるのかも。

とりあえず、気にせず普通にコーヒーメーカーとして使うことにしました。

しかしこの機械、微妙にめんどくさい。

まず金属のフィルターに粉を入れます。それから水を入れるんですが、圧がかかるせいかねじこみ式の金属のふたが付いています。本体はプラスチックなのに、内部は金属らしい。

一度は、このねじこみが面倒だと無意識に思ったらしく、サーバーに水を入れてコーヒーを受ける場所に置き、しばらく待っていました。

そのしばらく後、サーバーからカップを注ぐ時にふたを押さえていなかったので熱いコーヒーを手にかけてしまいました。水を入れるところのふたはねじこみ式なのにサーバーのふたは全く固定されていないのです。

さらに何度か目にはちょっと慣れて油断したためにサーバーの位置がずれていたらしく、コーヒーのほとんどがサーバーの外側に流れてしまいました。サーバーは置くだけなんですが、ふたにはコーヒーが流れる穴があるので、その穴とコーヒーが出る穴の位置をちゃんと合わせないといけないのです。

上の空の状態では使えない機械です。しかも私は基本的にいつも上の空なのです。

そうこうするうち、サーバーを置くのを忘れてコーヒーが完全に下に流れてしまった……という夢を見ました。コーヒーごときで夢まで見るとは、どれだけ刺激の少ない生活なのか。

2010年2月11日木曜日

コカーダ

先日のお客さんはコロンビア第2の都市、カリから来た人でした。カリは西の方、ボゴタよりももっと低く、暑いところです。

おみやげにコカーダをいただきました。cocada はネットで調べると主にブラジルのお菓子らしい。ココナツの千切りを砂糖で固めたものです。

コロンビアのものは黒砂糖、パネラで固めるようです。

持ってきてくれた彼女はコカーダが好きじゃないというので、「自分が好きじゃないものをおみやげにするんだ……」と最初ちょっと意表を突かれましたが、よくよく考えると私も和菓子は好きじゃないですが、日本国内で誰かの家に行く時はようかんとか持っていくこともあるかもしれない。

フルーツサラダのココはあんまり好きじゃないのですが、コカーダはわりと好き。砂糖水で固められたことによってほどよくしんなりし、それでいてちょっと歯応えのあるきゃしゅきゃしゅした食感がいいのです。そういえば昔から、せんべいはちょっと湿っているのが好きだった。

すごく甘いんですが、ココには味がないのでちょうどいいです。とはいえ、人によってはやっぱり甘すぎると感じるでしょう。

以前住んでいたところでは、スーパーに行く道の途中に年輩の女性が座って「ラスコカー」と言いながらコカーダを売っていました("Las codadas". と言ってたんだと思います)。この前久しぶりに通ったら、そのあたりがちょっと様変わりしていて、彼女はいませんでした。おばちゃん元気かな。一度も買ったことはないのですが。

2010年2月10日水曜日

コロンビア救助チームの災難

災害救助犬 の記事に書いたフランシスコですが、どうもコロンビアからの民間救助チームはひどい目にあったようです。

1月30日の新聞によると、彼らはその前の週に帰国できるはずだったのが、政府が送るはずの飛行機が到着せず、空港周辺でずっと待たされている状態だとか。

人間も大変ですが、犬もかわいそうです。犬には自分がはたして家に帰れるのかどうか、事情が全く理解できないわけですから(ハンドラーはフランシスコでも、彼の飼い犬なのかどうかはわかりません。私がグループにいる時、彼は自分の犬を持っていませんでした)。

その記事には「今日、空軍機が彼らを迎えに来る予定」と書かれていたので、おそらくもう戻れていると思うのですが。

2010年2月9日火曜日

ツイッター始めました

ツイッター始めてみました。
http://twitter.com/quinaco

目に付いたニュースなんかを流そうかなと思っています。スペイン語解釈能力がアレなので、間違っているところもけっこうあるんじゃないかと思いますが……。

ところでツイッターって、何か特別なソフトがいるのかと思ったら(メッセンジャーみたいに)いらないんですね。

昨日今日、妙に「ロサリオ・ティヘラス」ドラマ版の話題が多いですが、見るつもりはありません。

2010年2月8日月曜日

コロンビアの家庭料理

いまさら認識したコロンビア風メニューの話です。

コロンビアの料理(昼食メインなので主に昼食)は、日本の基本献立といわれる一汁三菜で成り立っています。ごはんとスープ、主菜(肉や魚)、野菜のようなもの(なぜかこれを principio(主要なもの)と呼ぶ。前菜の意味でしょうか)、それと芋です。これに生野菜サラダやプラタノ(調理用バナナ)が付くことも。さらに飲物(果物のジュースが本式。店によっては炭酸飲料)、ちょっとしたデザートが付くと完全なメニューとなります。レストランで「昼食(almuerzo)」と呼ばれるものは、すべてこれのバリエーションです。

野菜のようなものはなぜか、スパゲティに置き換えることができます。そうすると野菜が不足しますが、おそらく本来はスープで野菜を補うことになるのでいいのです。

しかし日本の味噌汁などと違い、コロンビアのスープは具だくさんの上に量が多いので、私はあんまり飲みません。レストランではスープを果物の切ったものなんかに置き換えてくれることがあります。

家ではレストランと同じものを作るなんて無理だと思い込んでいたんですが、今回のお客さんの料理の様子を見ていて、家で作る時は微妙に手抜きが可能であることがわかりました(レストランでもそうしているのかも)。

まず、スープは骨付きの鶏肉で取ることが多いんですが、これはスープができあがったら引き上げてしまいます。また、スープによく入っている芋類も引き上げます。そしてそれぞれを一品とすれば、これで三菜のうち二菜ができあがり。

スープに入っていた肉や芋は味が薄いので、これにギソというものをからめます。

ギソは見ていると非常に簡単なもので、粗みじんにしたトマトと玉ネギを炒めて塩で味を付ける。基本はこれだけ。ネギは長ネギでもかまいません。

これにスープを少し加えて煮つめるとさらにソースっぽくなっていい感じのような気がします。

私はこれまで芋の存在を軽視していたんですが、芋は大事なものらしい。コロンビアの米はパラパラしているので、芋をつぶして米と混ぜるように食べるようです。

ところでお客さんがギソを作る場面を見ていて驚いたんですが、彼女はまず鍋に玉ネギとトマトを入れ、それから火を付けて、しばらくしてから油をそこに注いだのです。

なるほど、そういうことをするからコロンビアの料理は油っこくなるのか……。私は普通に油を温めてからトマトと玉ネギを炒めています。

コロンビアには油を温めてから炒めるという概念がないのかどうか、それはわかりません。プラタノを揚げる時は油を温めるんじゃないのかなぁ。

油を温めないので当然こげつきやすい。コロンビアの人が道具を大事にしないとは思わないのですが(かなり古い鍋などをいつまでも使っている家は多い)、がんがん使ってがしがし洗う、これがコロンビア流のようです。

2010年2月7日日曜日

泊まり客来襲

先週は(といっても日本時間では既に日曜でしょうから、先々週ということになりますか)泊まり客があって、ちょっとばたばたしていました。

夫の親戚筋の人で、ティーンエイジャーの男の子とそのお母さん。男の子のアメリカビザ申請のため、地方からボゴタに出てきたのです。

夫も私も彼らとは初対面だったので、特に私は緊張しましたが、どちらも気さくな人で助かりました。

しかしこんなにスペイン語で頻繁に会話したのは初めてで、彼らが帰ってしばらくは耳の中でスペイン語が「うわーん」と唸っていました。スペイン語でというか、そもそもあんまりしゃべらない生活なので、日本人の友人たちと会ってしゃべっても、何時間か「うわーん」となります。

泊まっていったお母さんの方が食事を作ってくれたりして、かえってこちらの方が世話になったような。ただ、食材がけっこう余ったので、彼らがいなくなってから数日はその処理に追われました。私は「冷蔵庫満杯恐怖症」なので(いうまでもなく造語ですが)冷蔵庫は限りなく空に近い状態でないと落ち着かないのです。夫はそうではないようですが、食事を作るのは私なので管理権は私にあります。

でも、普通のコロンビアの人の食事の作り方を間近に見たおかげで、コロンビア式献立の立て方がちょっとわかった気がします。これでも在住10年。遅すぎですが料理は苦手なので……。献立の話は次回に。

2010年1月19日火曜日

フォロー小ネタ集

パン屋のこと。

いつものパン屋のおじさん、しばらく見なかったんですがまた復活していました。休暇旅行に行っていたのかしら……。

このパン屋さん、おじさんもいつもの店員さんもいつのまにか、私の顔を見ると黙って指を2本立てるくらいに私の存在に慣れきっていました(2千ペソ分のパンを買うか、という意味です)。パンを12個買うと自分も小銭を出すのが面倒ということに気づき、早々にあきらめたのです。

無精すんなよー、と思ったんですが、年末年始にいつもと違う店員さんに当たって初めて、自分も無精していたことに気がつきました。いつもの人なら「5個と5個」と言えば通じるのに、慣れない人だと「インテグラルを5個と、ブランディート(バターロール)を5個ください」と言わないとわからないわけですよね、当然。顔なじみの店ってありがたい。

タンクのこと。

ビジャ・デ・レイバの宿の記事で「タンクは屋根の上にあるべき」と書きましたが、その後別の町に行ったりして、ひょっとすると水タンクを屋根の上に上げないのは景観保護のためかもしれないと思い当たりました。本当にそうなのかどうかはわかりません。

コーヒーのこと。

メデジンに住む夫の兄の家では、コーヒーは漉さずに上澄みを飲むらしい。トルコ式ですね。上澄みができるのを待っている間に冷めると思うので、小鍋であたためるといいようです。

コメントいただいた X^2 さんのお話しによると味がイマイチのようですが、夫はすごくおいしかったと言っていました。粉の違いでしょうか。

布フィルターには衛生上の問題があると私も思ってはいました。水洗いしてパティオに干してあるんですが、昨日パティオで鳩が羽ばたく音が……。

日本のサイトを見ると、「ネルのフィルターは煮沸して……」などと書かれています。コロンビアの家で毎回煮沸しているところはまずないと思いますが、伝統的なフィルターは枠が針金で布部分を外して洗濯できるようになっているのに、うちのはプラスチックで外せないのです。

今後どうするかは、夫が小鍋を買うと言っていたのでそれが買われてから考えます。

2010年1月17日日曜日

それ、2匹とも犬?

朝、2匹の犬を散歩させていたら若い男性が歩いてきて、

"¿Ambos son perros?"

と尋ねました。日本語にそのまま訳すなら「それ、どっちも犬?」

見りゃわかるだろ。という感じですが、私もだてに6年間犬を飼っていません。彼は両方が牡かどうかを知りたかったのです。知ってどうするのかという疑問は残りますが。

犬は普通に言うなら perro ですが、牝は perra と言います。perra には英語で言う bitch のような下品な意味もあるせいか、特に女性は perrita ということも多いようです。

話は変わりますが、ラナとはカエルのこと。ずっと昔、日本で「宇宙船サジタリウス」というアニメを放送してて、カエル型のキャラクターの名前がラナでした。原作小説がイタリアなので、やっぱりイタリア語でもカエルはラナなんじゃないかと思います。男性キャラなのになぜ女性のような名前なのかという疑問が解けました。

最近の国内のヒットドラマに El cartel de los sapos というのがあるんですが、この本の表紙にカエルが描かれていました。

夫に「ラナとサポってどう違うの?」と聞いてみたところ、「ラナがメスでサポがオスだよ」という答え。

……そうですか。

「ラナはラノって言わないしね。サポもサパと……いや、これは言うかな」最初は自信満々だったのにだんだん声が小さくなっていく夫。

西和辞典を見たらラナがカエルでサポはヒキガエルと書かれていましたが。最初から辞書引けって感じですが、ただ、スペイン語の辞書は国ごとの細かいニュアンスが反映されていないことが多いので、ごくおおまかな部分でしか参考にならないのです。スペイン語によるスペイン語辞書にしても、国ごとに編纂されていることはまれで、その国固有の表現などはなかなか見つかりません。

El cartel de los sapos はマフィアに関するドラマらしく、レギュラーも男性主体のようなので、この sapo はヒキガエルというよりはやはり男性性を意識して使われた言葉なのかも。

コロンビアではカピバラをチグイロと呼びます。お菓子に付いてくる図鑑シールみたいなのを見ていたら、チグイロとカピバラが併記されていました。夫にこの2つの違いを聞いたら「メスがカピバラだよ」と言いそうな気がしますが、実際のところはどうなんでしょう。

2010年1月16日土曜日

災害救助犬

今6歳のラブラドールを飼い始めた頃、私は夫の友人が主宰する災害救助犬のグループのはしっこに入れてもらっていました。最初の頃は犬がいなかったのでただ隠れるだけの役です。人を探す訓練をするお手伝いでした。

うちのラブラドールはそのときグループにいた牡犬の息子です。犬を飼い始めてから、犬も訓練に参加するようになりました。

しかしうちの犬はどうやら救助犬の才能はあまりなかった模様です。食べ物を探すのはうまいのですが、人を探すのはうまくない。そのうちもう1匹の犬を飼うようになって、救助犬グループはやめてしまいました。もう1匹の犬はとても頭がいいのですが(と飼い主は思っている)、元野良のためか人に対する警戒心が強く、知らない人に交じって活動することには向いていないのです。

ラブラドールだけ訓練を続けることはできたのですが、週1回の訓練で日曜が半分以上つぶれてしまうし、そうするともう1匹の犬と触れ合う時間が減るのはイヤだ、というのが夫の言い分でした。また、当時は車を持っていなかったので訓練場所まで犬を運ぶのもけっこう大変でした。タクシーやバスを使っていたのです。

その後、メンバー間で意見の相違などがあり、グループがいくつかに分裂したりしたようです。

昨日、夫が帰ってきて「今日、フランシスコを見たよ。ほら、犬の」と言いました。救助犬グループのメンバーだった人です。

どこかでばったり会ったのかと思ったら「テレビで」。

彼はハイチに行くところだったのでした。

それを聞いて、もしもラブラドールの訓練を続けていたら、うちの犬もハイチに行くことがなかったとは言えないということに思い至りました。

サンタンデールに旅行に行ったら口の中が腫れたとか言っている場合ではありません。

また、そうなったらハンドラーは誰がするのか。訓練のときは私と夫が交互におこなっていましたが、自分で言うのもなんですが、私の体力には不安があります。何日も被災地で寝泊まりなんかすることになったら体調を崩してかえって足手まといかも。

ボランティア活動にちょっと参加させてもらおうと思うのと、実際に現場で働くことの間には大きな違いがあることを思い知りました。

くだんのフランシスコは99年のコロンビア国内の地震でも救助活動に参加したと言っていたような気がするし、いろいろな訓練も受けている専門家です。現地で力になれることも多いでしょう。そして、彼も犬も無事に元気で帰ってきてほしいです。

2010年1月15日金曜日

コーヒーメーカー壊れる

以前使っていたコーヒーメーカーは、夫の姉がアメリカ旅行のおみやげにくれたものでした。

コーヒー産国の人が外国に旅行してこんなかさばる電化製品をおみやげにくれるというのがよくわかりません。夫もアメリカから一度、鍋を買ってきたことがあります。それは米を炊くのに重宝しているんですが、これがコロンビアのおみやげ観なのか?

しかも義姉のくれたコーヒーメーカーは8人用とかで妙に大きい。うちが2人暮らしなのは知られているはずなのに。

そのコーヒーメーカーはありがたく使わせていただいていたんですが、私はなにかと粗忽なので、ある日ポットが割れました。ガラスですから。

メーカーはメジャーでしたが(Black & Decker だったかな)、大きさが半端だし、部品取り寄せとかすると高くつきそう。そもそもそれは大きすぎると常々思っていたので、新しいコーヒーメーカーを買いました。

今回はポットは金属製。割れません。しかも30分以上経つと自動的にスイッチが切れるというすぐれもの。素晴らしい。

しかしその素晴らしいシステムがあだになったのか、スイッチがバカになってしまいました。スイッチは固定ではなくて、たとえばパソコンのように一度押したらオン、もう一度押したらオフという方式だったのですが、何度押してもなかなかオンになりません。いったんオンになったら今度はオフにならない。

いつ買ったかよく覚えていませんが、3年くらい前でしょうか。こんなところが壊れると思わなかったのでショックです。

コーヒーメーカーは、ぱっと思い立って買うには少々高いものなので、つなぎに手動で乗り切ることにしました。とりあえず、紙のフィルターがたくさん余っているので日本でよく見るプラスチックのドリッパーみたいなのを買えばいいのではないか?

と考えましたが、店に行ってもそのようなものがありません。困った……。仕方がないので200円くらいの布フィルターを買ってきました。

コロンビアではコーヒーメーカーを使う人はそれほど多くなく、実はこの布フィルターが主流です。しかしこれの使い方がわからない。夫に聞いてみました。

「これはほら、お湯を沸かして、こうやってスプーンでぐるぐるとかすればいいんじゃない?」

要領を得ません。要するに、知らないらしい。

紙フィルターと同じように使うには何か支えのようなものがいるはず。布フィルターは茶こしの漉す部分が布になっているので、自立性がないのです。しかし店頭にはそのようなものは見当たらないし、10年ほど前に義母の遺品として台所用品をそのまま譲り受けたとき、新しい布フィルターはあったんですが(それは人にあげました)フィルターを立てておくようなものはありませんでした。

ネットでいろいろ探っていると(日本語で)、「昔、コーヒーはお湯に粉を入れて煮立て、それを漉すものだった」という記述が。これか!

というわけで、鍋でお湯を沸かし、コーヒーの粉を入れてちょっと煮立て、それを布フィルターで漉してみました。私は味音痴なので以前のコーヒーとそれほど違うようにも思えず(ちょっと酸味が強くなったかも)、夫にも好評だったのでもうこれでいいかも。停電時にもコーヒーを入れられるのはポイント高い。

ただ、普通の家でもこうやってコーヒーが入れられているのかどうかはわかりません。

お湯を沸かしたりホットチョコレート(チョコラテ)を作るのに使われる jarra(ハラ)というものは細長いので、フィルターにあらかじめ粉を入れておき、ドリップすることは不可能ではありません。

ただ、漉す前にコーヒーの粉を湿らせて蒸らしたりする方法をその後ネットで見かけたので試してみましたが、ボゴタは高地でお湯の温度が低いため、そのあいだにけっこう冷めてしまいます。ドリップしてもおそらくかなり冷めるかと。

と考えると、普通に煮立てて漉すだけでいいかなと思っています。

2010年1月14日木曜日

犬の病気

クリスマス前の旅行から帰ってきた翌日か翌々日、夫が犬の口の中が腫れているのを見つけました。

うちにはやや大きめの中型犬程度の犬が2匹おり、1匹はラブラドール、もう1匹はボーダーコリーに似ていないこともない雑種で、口に異常があったのはラブラドールです。

このラブは6歳の牡。血統書がついているわけでもない、まあ両親もラブラドールのようだしまあラブラドールかな、という適当な犬ですが、それでもやっぱり雑種よりは弱いのか、よく病院のお世話になります。主に拾い食いでお腹を壊したせいですが。つないでいても一瞬のうちに何かを拾って食べてしまうんです。

でも今回は拾い食いのせいではなさそう。歯ぐきの横にかたまりのようなものができています。歯の手入れとかをふだんしていないところに持ってきて、旅行疲れで故障が出たんじゃないでしょうか。

うちの犬はあまり大きくありませんが、ラブラドールといえば大型犬。7歳からは高齢になるらしいですから、うちのももう若くありません。

私は冷たくも「放っておけば治るんじゃないかなー」と言いましたが、夫は獣医に連れて行きたいらしい。でもいつも行く国立大学の診療所の電話がつながりません。結局、獣医になる勉強をしている夫の甥を呼びました。

彼は22か23くらいで、まだ大学は卒業していませんが、既に民間の動物病院で仕事をしているようです。初めて会ったときは小学生だった彼がかっこいいお医者さんになっててびっくりです。

「取り除くなら手術をした方がいいかも」という彼。国立大学は国立だし、診療所は学生の学習用でもあるので安いんですが、この甥っ子の勤めている病院は民間なのでたぶん安くない。ペット用の保険は最近コロンビアでもときどき見かけるようになりましたが、うちではかけていません。ちなみに彼自身は国立大学の出身ではありません(というかまだ学生ですが)。

国立大学の電話は依然としてつながらないので、夫は甥の勤めている病院に行くことに決めました。すぐアポイントを取って、翌々日くらいに病院へ。

私はもう1匹の犬と一緒に留守番していました。なかなか帰ってこないので途中で電話してみたら、けっこう丁寧な検査とかがあり、その後麻酔をかけているので時間がかかっているとのこと。

でもなんとか、その日の夕方には帰ってきました。入院する必要がなくて助かりました。犬のためにも、お金のためにも。結局、費用は27万ペソくらいかかったようです。国立だったら半分くらいかも。でも夫自身はサービスには満足していたのでいいでしょう。

とはいえ、「獣医っていい商売だな」などと言ってました。しかし獣医も経済的に高レベルになると顧客にマフィア系の人が増え、トラブルがあったり、身の危険を感じたりすることもあるようで、おいしい話ばかりではありません。

2010年1月9日土曜日

ビジャ・デ・レイバの宿(写真)

比較のために、2年前に泊まったビジャ・デ・レイバの宿を載せてみます。時期はやはりクリスマス前でした。やはり休暇シーズンに出かけることが多いです。


午後出発したので到着は夜でした。
ビジャ・デ・レイバはボゴタからだとぎりぎり日帰り圏内くらいにあります。テレビドラマの撮影などが行われることもあるコロニアルの町。
町を入ってすぐのところの宿で聞いたら二人一泊5万ペソ(2400円くらい)とのことだったのでまあいいやと即決。
このときは犬連れではありません。


ここはまさに、古い民家を改造した宿でした。入ったらパティオ風の空間が居間のようになっており、2階まで吹き抜け。


部屋は小さく、簡素ながら清潔な感じ。
お湯も出ました。ここは寒い土地なのでお湯が出ないと寂しい。


ただ、バスルームの上に水タンクがあるのが見えているのが少々気になりました。
水が少ない土地だからか、ボゴタでもいったん家の上のタンクに水を上げて使うのは普通のことなんですが、普通は屋根の上にあるものです。


しかしテレビはよく映りました。たぶん衛星じゃないかと思います。
個室に入院したときでさえ、こんなによく映るテレビは見たことがありません。
AXNとか映ってます。


町の広場には控えめなイルミネーションがされていました。
行ったのは2007年のクリスマス前なのに、右の数字が09なのが気になりましたが。


夜なので食事をするところも少なく、この「ピザ屋」と書いたところで食事。
ボゴタのショッピングセンターにあるようなところと変わらないメニューです。値段も高め。


町の中のやはり民家風の建物の奥にはバー。入っていませんが。
広場近くのこのあたりでホテルの値段を聞くと、9万とか9万5千ペソとかの答えが返ってきました。中がその分きれいなのかどうかは、見ていないのでわかりません。
そういえば当然ですが、この辺のホテルにはプールはないと思われます。寒いので。


犬を置いたままなので、翌日は早朝に出発しました。
夫も初めてのビジャ・デ・レイバだったらしいですが、何しに来たんだかわかりません。
ホテルの向かいの民家。
看板から察するに金物屋です。

2010年1月8日金曜日

ホテルと帰り道(写真)


泊まったホテル。
安めのホテルは古い家屋を改造したようなところが多いんですが、ここは新築のようです。
お湯が出るのは2階だけ。しかしなぜか洗面台の水はほとんど出ない。
シャワーを使うには支障ありません。テレビはほとんど映りませんが、公共のテレビでちゃんと映るところ自体が珍しいです(もちろん高級ホテルは別だと思います)。
映っているのは夫とうちの犬たち。


こちらが母家。食堂といくつかの客室、居間があり、ここのテレビでは衛星放送が映ります。
客室はちらっと見たら(私たちのほかにはほとんど泊まり客はいませんでした。24日から混むという話でした)やや豪華というか、新婚さんの部屋みたいでした。とりあえず、犬はダメそう。
管理人さん一家の小さな家が別にあり、食事などはそこで料理するようです。


上の写真のテラスのような部分。
ここでぼーっと本とか読んで過ごすのもよさそう。プールもあります。
食堂や居間の家具もきちんとしたもので、エコノミーな宿にしては力が入っています。


母家の入口。


ホテルの前にはこんな風景が広がっています。


これは帰り道。スアレス川という川で、チカモチャの峡谷に流れています。
見直すと帰りの写真はほとんどありませんでした。売店の写真とか撮っておけばよかったですね。
旅行の記事はこれでおしまいです。

2010年1月7日木曜日

チカモチャ・キャニオン(写真)


道端に現れる大峡谷。
ここは売店の横で、この手前には洗濯物が干してありました。
売店の写真はありませんが、カウンターというよりはただの板を渡したような場所にいくつか食べ物が置いてあるといった感じの小屋。住居でもあるのだと思いますが。


これがくだんのケーブルカー。


公園入口。駐車場の端にも売店のようなものがあり(観光地らしく整備されたもの)、公園に入らなくても休憩しながら峡谷を眺めることはできます。トイレも使えます。ただし車を止めた場合、駐車場は有料。


公園内のオアシス、ヤギ公園。
ここは子ヤギの場所。売店でニンジンやミルクを買って与えることができます。


大人のヤギはこちら。
犬と見つめ合ってみる。


ヤギ公園の売店ではヤギチーズなども売っています。
これはクアハダと呼ばれる、味のないチーズを使ったおやつ。
上にかかっているのはアレキペ(牛乳と砂糖を煮つめたもの)ですが、これはヤギ乳のものではないらしい。3500ペソとお高め。


これ以降は夫がケーブルカーの中から撮ったものです。


谷底には普通の家があります。


たぶん川の上を通っているときに撮ったもの。

2010年1月6日水曜日

バリチャラの町(写真)


町の広場の教会。右の建物の右端は携帯ショップですが、よく見ないとわかりません。


銀行もこんな感じ。


国内でよく利用される宅配業者のオフィスも。


オフィスの2階はクリスマスならではのペセブレ(キリスト生誕の光景)。
この位置ではよくわかりませんが、キリスト本人の人形は25日まで置いてはいけないらしい。


台無しフラミンゴ。


ずっとこんな町並みが続きます。


町全体が坂になっていて、広場はその中腹にあるようです。


広場よりも下を見るとこんな感じ。


上の写真にもうっすら映っていますが、小雨のために帰りには虹が出ていました。
右側はまたもや携帯ショップ。
飾りの木はクリスマスのためなのでしょうか。フラミンゴを作ったら力尽きたといったおもむき。